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福岡高等裁判所 昭和39年(う)124号 判決

被告人 岩崎力

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中業務上過失傷害の点について被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人森有度、同三原道也連名および同三原道也提出の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、福岡高等検察庁検察官森崎猛提出の検察官答弁要旨記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

弁護人森有度、同三原道也連名提出の控訴趣意第一点および同三原道也の控訴趣意第一点(事実誤認、法令適用の誤)について。

所論は、いずれも原判示第一の本件交通事故について被告人に過失はなかつたものであり、原判決には事実の誤認、法令の誤がある、というのである。

そこで、検討するに、司法警察員作成の実況見分調書の指示説明、原審および当審各検証調書の指示説明、原審および当審証人奥村信夫の各証言、被告人の原審および当審公判廷における供述、被告人の検察官、司法警察員に対する各供述調書によると、被告人と被害者奥村信夫との本件交通事故の衝突の場所したがつて衝突の態様等の主張が大きく相違しており、右場所については約一五米はなれている有様である。そこで、そのいずれを信用すべきかであるが、当審証人上野久義の証言によると、本件交通事故の衝突の場所は被告人主張の場所であることが認められ、これに奥村信夫主張のように奥村の単車、身体が被告の貨物自動車の下に入つてしまつたにしては本件証拠によつて認められるように奥村に身体の外傷のなかつたこと等を考え合せると、奥村信夫の指示説明、証言は信用し難いものがある。したがつて、本件事故は被告人主張のようにして発生したものと認めるべきであるが、前記被告人の指示説明、供述、供述調書によると、被告人は、貨物自動車を運転して、本件交通事故の交差点にさしかゝり、左折の方向指示器をあげ時速を約一〇粁に落し、横断歩道に入ろうとする直前バツクミラーで後方を見たところ奥村信夫運転の単車を発見したが、横断歩道に入つてすぐ信号が黄色に変つたので、その後は左後方に注意することなく、左折にかゝつたところ、信号を無視して交差点に入つた奥村の単車が後方から直進しようとして被告人の車の左斜前に来て止つたため、両車が衝突したものであることを認めることができる。このような場合自動車運転者たる被告人としては、業務上、被告人の車が横断歩道に入つてすぐ信号が黄色に変つたので奥村がもはや交差点に入ることはないものと信じてこれに注意せずに左折にかかつていいものか、あるいはなお奥村が信号を無視して交差点に入り被告人の車を左方から追い越すことを予想してこれに注意して左折しなければならないものであろうか。自動車運転者にその業務上の注意義務としては必ずしも難きを求めるわけにはいかないのであつて、他車は特別の事情のない限り交通法規を守つて進行するものと予想してこれに応じた注意義務を尽せば足りるものと解するのが相当である。すると、自動車運転者たる被告人としては本件の場合奥村が信号を無視して交差点に入り被告人の車を左方から追い越すことを予想してこれに注意して左折する業務上の注意義務はないものと解すべきである。したがつて、本件において被告人は尽すべき業務上の注意義務は尽したものであり、業務上の注意義務の違反はなく、被告人に業務上の注意義務の違反があるとした原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、破棄を免れず、論旨は理由がある。

そこで、その余の各控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第四〇〇条但書により原判決を破棄し、さらに次のとおり判決する。

原判決の認定した原判示第二の事実に法令を適用すると、原判示第二の所為は道路交通法第一一九条第一項第一〇号、第七二条第一項後段に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で、被告人を罰金三、〇〇〇円に処し、刑法第一八条により右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中、「被告人は、自動車運転者なるところ、昭和三七年八月三一日午前一〇時頃普通貨物自動車熊一す二、二六一号を運転し、熊本市河原町方面から花畑町方面に向い、幅員約一七米の電車通の軌道左側を時速約三〇粁で進行し、同市辛島町七五番地先十字路において新町方面へ左折しようとして時速約一〇粁に減速して交差点にさしかかつた際、後方より自己の車の左側を進行して来る第一種原動機付自転車運転の奥村信夫(三一年)を該自動車の左前部に設置されているバツクミラーにより認めたが、このような場合自動車の運転者としては同人の動向に注視し安全を確認して左折する等危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、不注意にもこれを怠り、同人の動向に全然注意を払わず、かつ左前方を注視せず漫然左折進行した過失により、信号機が黄色に変つたため左前方に一時停車している前記奥村信夫に気付かず、右原動機付自転車の後部荷台に該自動車を衝突させて、同人を約三米前方にはね飛ばし、同人に対し全身打撲傷の傷害を負わしめ、よつて頭部外傷により治療約二箇月を要する精神障害を負わしめたものである。」との点については、前記のとおりその証明が充分でないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木亮忠 矢頭直哉 神田正夫)

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